- 森田智史ブログ
自律神経シリーズ Vol.010
「顎は、全身の影響を受けながらバランスを調節しています」
筋肉・靱帯・姿勢・睡眠・舌から考える顎関節の不調
「朝起きると顎が疲れている」
「無意識に歯を噛みしめている」
「口を開けると音がする」
「顎の痛みと一緒に、首こりや頭痛も感じる」
このような症状には、咬筋などの筋肉だけでなく、顎関節を支える関節包や靱帯、首・舌・舌骨、姿勢制御、睡眠中の神経活動などが関係していることがあります。
顎関節は左右が一つの下顎骨でつながり、頭蓋骨に対して同時に動く特殊な関節です。そのため、顎だけを局所的に見るのではなく、頭頸部や身体全体との関係を評価することが重要です。

① 食いしばり・歯ぎしりとは?
ブラキシズムとは、歯を強く噛みしめる、擦り合わせる、下顎を固定する、前方や側方へ押し出すといった反復性の顎筋活動です。
現在は、起きている時に起こる「覚醒時ブラキシズム」と、睡眠中に起こる「睡眠時ブラキシズム」を分けて考えます。
覚醒時ブラキシズム
起きている時に、
- 上下の歯を接触させ続ける
- 下顎に力を入れて固定する
- 集中中に強く噛みしめる
- 無意識に下顎を前方・側方へ押す
といった行動が起こります。
睡眠時ブラキシズム
睡眠中に、リズミカルまたは非リズミカルな咀嚼筋活動が起こる状態です。
ブラキシズムは、すべての人にとって病気というわけではありません。しかし、活動が強すぎたり長時間続いたりすると、歯の摩耗、咀嚼筋痛、顎関節への負担、頭痛などのリスク要因になる可能性があります。(PubMed)
② なぜ食いしばりや歯ぎしりが起こるの?
食いしばりを、すべて「ストレスが原因」と説明することはできません。
覚醒時ブラキシズムでは、心理的な緊張だけでなく、
- 集中している時間
- パソコンやスマートフォンの使用
- 運転
- 姿勢を保持している時間
- 痛みや不安から身体を固める反応
- 上下の歯を接触させる習慣
などが関係します。
本来、安静時の上下の歯にはわずかな隙間があり、常に接触しているわけではありません。
一方、睡眠時ブラキシズムは、単に「寝ながら力を入れている」のではありません。
睡眠研究では、多くの咀嚼筋活動の前に、脳波活動の変化、心拍数の上昇、自律神経活動の変化などを伴う短い覚醒反応が確認されています。睡眠時ブラキシズムは、睡眠中の微小覚醒に関連して起こる口腔運動の一つと考えられています。(PubMed)
そのため、夜間の歯ぎしりでは、顎だけでなく、
- 睡眠の質
- いびき
- 睡眠時無呼吸
- 飲酒
- 一部の薬剤
- 睡眠中の覚醒反応
なども含めて考える必要があります。
③ 顎関節は「全身のバランサー」
オステオパシーでは、顎関節を頭部と全身の姿勢制御に関係する「バランサーの一つ」として考えます。
下顎は頭蓋骨へ完全に固定されているわけではありません。
左右の顎関節、関節円板、関節包、靱帯、咀嚼筋、舌骨上筋群などによって支えられ、頭や首の位置に応じて微細に調節されています。
また、噛みしめると咬筋や側頭筋だけでなく、首や体幹の筋活動も変化します。実験研究では、噛みしめや舌を上顎へ押し当てる運動によって、外乱に対する姿勢反応や身体各部の動揺が変化することが報告されています。(PubMed)
顎関節症のある人と症状のない人を比較し、身体の揺れや姿勢安定性に違いを認めた研究もあります。(PubMed)
ただし、
顎の位置を整えれば、全身の姿勢が必ず整う
とまでは医学的に証明されていません。
顎関節症の有無によって姿勢やバランスに明確な差を認めなかった研究もあり、研究結果は一致していません。(PubMed)
したがって「顎が全身を一方的に支配する」のではなく、
顎関節は首・舌骨・胸郭・骨盤・足部などから影響を受けながら、姿勢制御へ参加している
と捉える方が適切です。
全身の状態が変化すれば、頭の位置や首の筋活動が変わり、顎関節にも負担が加わります。反対に、強い食いしばりや顎関節痛が続けば、首や肩、身体を固める反応へつながることがあります。
④ 顎関節は筋肉だけで動いているわけではありません
顎関節の不調では、咬筋・側頭筋・翼突筋などの筋肉が注目されがちです。
しかし、顎関節を支えているのは筋肉だけではありません。
関節包・外側靱帯
顎関節の周囲を包み、下顎頭や関節円板の動きを制御します。
近年の解剖研究では、一般に「外側靱帯」と呼ばれる構造と関節包との境界や形態には個人差があり、従来の教科書的な説明より複雑であることが報告されています。(PubMed)
円板靱帯
関節円板と下顎頭を内側・外側でつなぎ、口を開閉する際に関節円板と下顎頭が協調して動くために関係しています。
組織学的研究では、内側・外側の円板靱帯が関節円板から下顎頭側へ付着する構造が確認されています。(PubMed Central (PMC))
蝶下顎靱帯
蝶形骨から下顎骨内側へ続く靱帯です。
下顎の運動を補助的に制御し、外側翼突筋や周囲組織との機能的関係も研究されています。(PubMed)
茎突下顎靱帯
側頭骨の茎状突起から下顎角付近へ続く靱帯で、下顎を前方へ突き出す運動を制限する方向に働くと考えられています。
解剖研究では、下顎を前方へ移動させると茎突下顎靱帯が緊張し、前方位で強く閉口すると蝶下顎靱帯の緊張が増すことが観察されています。(サイエンスダイレクト)
靱帯系の問題が疑われる場合
筋肉への施術だけでは変化が乏しく、
- 口を特定の方向へ動かすと鋭く痛む
- 開口や前方移動の終わりで引っかかる
- 下顎角から耳の前、喉、首へ痛みが広がる
- 顎を前方・側方へ動かすと強い制限を感じる
- 外傷後から顎の動きが変わった
といった場合は、関節包や靱帯性組織も含めて評価する必要があります。
まれに、茎突下顎靱帯の下顎角付着部周囲が口腔顔面痛の発生源となる「Ernest症候群」が報告されています。ただし、一般的な顎関節症と区別するためには、歯科・口腔外科での評価が必要です。(PubMed Central (PMC))
顎関節に関係する靱帯は解剖学的にも議論が多く、特定の靱帯だけを症状の原因と断定できる検査法や、靱帯への徒手施術だけを検証した十分な臨床研究はありません。(PubMed)
⑤ オステオパシーではどう考える?
オステオパシーでは、顎関節だけを単独で調整するのではなく、顎に負担が集中している背景を評価します。
主に確認するのは、
- 下顎頭と関節円板の運動
- 左右の開口軌道
- 関節包・靱帯系の緊張
- 咬筋・側頭筋・翼突筋
- 舌・口腔底・舌骨
- 上部頸椎と後頭部
- 胸椎・肋骨・横隔膜
- 頭部と骨盤、足部のバランス
- 呼吸パターン
- 睡眠と食いしばりの習慣
などです。
筋肉の緊張が中心であれば、咀嚼筋や頸部筋の過剰な活動を減らし、顎を滑らかに動かせる状態を目指します。
関節包や靱帯系の関与が疑われる場合は、痛みを強く引き起こさない範囲で、関節の位置や運動方向を確認しながら、靱帯へ加わる負担を減らすように調整します。
臨床では、筋肉への施術だけでは変化が少なかった方でも、関節包・靱帯系の緊張や下顎の運動軌道を調整することで、開口のしやすさや痛みに変化がみられることがあります。
ただし、これは臨床的な観察であり、特定の靱帯への施術による効果が医学的に確立されているわけではありません。
顎関節症に対する徒手療法、運動療法、オステオパシー施術を検討した臨床試験では、痛みや顎の動き、薬の使用量などに改善を認めた報告があります。一方で、研究規模は限定的であり、施術だけですべての顎関節症が改善すると断定することはできません。(PubMed)
森田治療室では、身体全体を評価し、神経・関節・靱帯・筋肉・呼吸・循環などが働きやすい身体環境を整えることを目的としています。
⑥ 日常生活でできる「ベロ体操」
舌は、舌だけで独立して動いているわけではありません。
舌は口腔底や下顎、舌骨と関係し、舌骨上筋群・舌骨下筋群を介して、顎・喉・首の運動に機能的に関わっています。舌を上顎へ押し当てると、舌骨上筋群や深部頸部筋の活動が変化することも報告されています。(PubMed)
口腔筋機能療法を含む研究では、顎関節症患者の痛み、顎機能、口腔機能などに改善を認めた報告があります。(PubMed)
ベロ体操の方法
顎や首に強く力を入れず、ゆっくり行います。
1周目
① 舌先で、上顎の歯の内側を右から左へ舐めます。
② 続けて、下顎の歯の内側を左から右へ舐めます。
③ 次に、下顎の歯の外側を右から左へ舐めます。
④ 最後に、上顎の歯の外側を左から右へ舐めます。
これで口の中を一周します。
反対回り
今度は反対方向に、
① 上顎の歯の内側
② 下顎の歯の内側
③ 下顎の歯の外側
④ 上顎の歯の外側
の順に一周します。
行う時のポイント
- まずは左右1周ずつ
- 慣れたら2〜3周
- 歯を強く押さない
- 顎を大きく動かさない
- 首や肩の力を抜く
- ゆっくり呼吸しながら行う
舌を大きく動かすことで、舌・口腔底・顎・喉・首に関係する筋肉をまとめて動かすことができます。
ただし、このベロ体操そのものが顎関節症に有効かを直接検証した研究はありません。顎周囲の運動や口腔筋機能療法には一定の研究がありますが、痛みを我慢して無理に行わないことが大切です。
口が開かない、顎がロックする、強い痛みやクリック音が悪化する場合は中止してください。
⑦ まとめ
✔ 食いしばりと歯ぎしりには、覚醒時と睡眠時で異なる仕組みがある
✔ 睡眠時ブラキシズムは、微小覚醒や自律神経活動の変化と関連している
✔ 顎関節は、頭頸部と全身の姿勢制御に関係するバランサーの一つ
✔ 顎は全身へ影響を与えるだけでなく、首・胸郭・骨盤・足部など全身の影響も受ける
✔ 顎関節症では、筋肉だけでなく関節包や靱帯系が関与する場合もある
✔ オステオパシーでは、顎・首・舌骨・胸郭・呼吸・全身のバランスを総合的に評価する
✔ ベロ体操は、舌・顎・喉・首を協調して動かすセルフケアとして活用できる
医療機関・歯科への相談が必要な場合
- 口が急に開かなくなった
- 開いた口が閉じなくなった
- 顎をぶつけた後から噛み合わせが変わった
- 顎周囲に強い腫れや発熱がある
- 痛みが急速に悪化している
- 歯の破折や著しい摩耗がある
- いびきや無呼吸、強い日中の眠気がある
このような場合は、歯科・口腔外科・睡眠医療などでの評価が必要です。
自律神経シリーズ バックナンバー
Vol.001
喉のつかえ感・息苦しさ・動悸・不安感…
その不調、自律神経の緊張が関係しているかもしれません
Vol.002
パニック障害とは?
「また発作が起こるかもしれない…」
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Vol.004
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Vol.007
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Vol.008
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Vol.009
首こり・肩こり
「筋肉を揉んでも、すぐに戻るのはなぜ?」
参考文献
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