- 森田智史ブログ
自律神経シリーズ Vol.014
検査で異常がなくても、胃と脳の調節がうまく噛み合わないことがあります
「食べるとすぐに胃がいっぱいになる」
「少量しか食べていないのに胃が重い」
「みぞおちが痛い、焼けるように感じる」
「病院で胃カメラや血液検査を受けても、原因が分からない」
このような症状が続く場合、機能性ディスペプシアが関係していることがあります。
機能性ディスペプシアは、胃に症状があるにもかかわらず、潰瘍やがんなど症状を十分に説明できる構造的な病気が見つからない状態です。
しかし、検査で異常が見つからないからといって、「何も問題がない」「気持ちの問題」という意味ではありません。
胃の運動、知覚、自律神経、十二指腸の粘膜、免疫、睡眠、ストレスへの反応など、通常の胃カメラでは確認しにくい機能の変化が関係しています。

① 機能性ディスペプシアとは?
機能性ディスペプシアでは、主に次のような症状がみられます。
- 食後の胃もたれ
- 少量で満腹になる
- みぞおちの痛み
- みぞおちが焼ける感じ
- 胃の張り
- 吐き気
- げっぷ
- 食欲低下
従来のRome基準では、食後の胃もたれや早期満腹感を中心とする「食後愁訴症候群(PDS)」と、みぞおちの痛みや灼熱感を中心とする「心窩部痛症候群(EPS)」に分けて考えられてきました。両方の特徴を持つ方も少なくありません。(The Rome Foundation)
2026年に公表されたRome Vでも、機能性ディスペプシアは「消化管と脳の相互作用の障害(DGBI)」という枠組みで捉えられています。これは、症状が心理的に作られているという意味ではなく、消化管と脳の双方向性の調節に変化が起きていることを示す考え方です。(DOI)
② なぜ検査をしても原因が分からないのでしょうか?
胃カメラは、
- 胃潰瘍
- 十二指腸潰瘍
- 胃がん
- 強い炎症
- 食道炎
など、胃や食道の構造的な異常を確認するために重要な検査です。
一方、機能性ディスペプシアで問題になりやすいのは、
- 食事を受け入れる胃の広がり方
- 胃から十二指腸へ送る速度
- 胃の刺激を感じる神経の感度
- 胃と脳をつなぐ自律神経の調節
- 十二指腸粘膜の微細な炎症
- 消化管からの情報を処理する脳の働き
などです。
これらは通常の胃カメラや血液検査だけでは、十分に評価できない場合があります。
実際に、胃の不調で内視鏡検査を受けた人の多くは、症状を説明できる構造的な病気が確認されず、機能性ディスペプシアと診断されます。(PubMed Central (PMC))
したがって、機能性ディスペプシアは「原因がない病気」ではありません。
構造ではなく、胃・神経・脳・免疫などの調節機能に問題が生じている状態と考える必要があります。
③ 食べた物を受け入れられない「胃適応性弛緩障害」
食事をすると、胃の上部は食べ物を受け入れるために緩み、容量を増やします。
これを「胃適応性弛緩」といいます。
正常な状態では、食べ物が入っても胃の内圧が急激に上がらないよう、胃の壁が柔軟に広がります。
ところが、この働きが十分に起こらないと、少量の食事でも胃の内圧が上がり、
- すぐ満腹になる
- 食べると苦しい
- 胃が張る
- 食事を最後まで食べられない
といった症状が起こりやすくなります。
胃適応性弛緩には迷走神経を含む自律神経経路が重要な役割を担っています。食後愁訴症候群では、この胃の受け入れ機能が低下していることが報告されています。(PubMed)
④ 胃が悪いのではなく「胃の刺激を強く感じている」こともあります
胃の中に食べ物が入ることや、胃壁が伸びることは、本来であれば正常な生理現象です。
しかし機能性ディスペプシアでは、通常であれば気にならない程度の胃の膨らみを、
- 苦しい
- 痛い
- 圧迫される
- 吐き気がする
と強く感じることがあります。
これを「内臓知覚過敏」といいます。
内臓知覚過敏では、胃から脳へ送られる信号が増えている場合だけでなく、脳がその信号を過剰に重要視している場合もあります。
一度食事で強い苦痛を経験すると、
「また食べたら苦しくなるのではないか」
という警戒が生まれます。
その結果、
食事への不安
↓
自律神経系の緊張
↓
胃の運動や感覚の変化
↓
胃もたれ・痛み
↓
さらに食事が怖くなる
という循環が生じることがあります。
これは症状が「気のせい」ということではありません。神経系が身体を守ろうとして、胃からの刺激に対して敏感になっている状態です。機能性ディスペプシアは、胃運動、内臓知覚、脳内処理などが関係する多因子性の疾患とされています。(PubMed)
⑤ 自律神経系と機能性ディスペプシア
胃は、自分の意思だけで動かしているわけではありません。
胃の受け入れ、収縮、排出、血流、分泌などは、自律神経や腸管神経系によって調節されています。
機能性ディスペプシアでは、自律神経機能を調べた研究において、
- 副交感神経活動の低下
- 交感神経側へ偏った調節
- 食事に対する自律神経反応の変化
などが報告されています。2023年の系統的レビューでも、機能性ディスペプシアを含む消化管と脳の相互作用の障害では、心拍変動からみた自律神経調節の変化が示されています。(PubMed)
2025年に発表された小規模研究では、ウェアラブル機器を用いて日常生活中の自律神経活動を測定したところ、機能性ディスペプシアの患者では自律神経指標の異常が多く、その頻度と胃症状との関連が報告されました。ただし対象者は少なく、自律神経の変化が原因なのか、症状の結果なのかは確定していません。(PubMed)
森田治療室の臨床でも、自律神経系の緊張が前面に出ている方は少なくありません。
ただし、医学的には、
機能性ディスペプシアのほとんどが自律神経だけで起きている
とまでは断定できません。
自律神経は重要な要素ですが、胃の運動、内臓知覚、十二指腸粘膜、免疫、睡眠、食生活などを含む複数の要因が重なっています。
⑥ 環境の変化やストレスに適応できなくなる
人間の身体には、環境が変わっても内部の状態を一定に保とうとする働きがあります。
例えば、
- 進学・進級
- 転職・異動
- 引っ越し
- 人間関係の変化
- 試験
- 睡眠不足
- 気温や季節の変化
- 過度な運動や疲労
などが起こると、身体は自律神経、内分泌、免疫などを変化させ、新しい環境へ適応しようとします。
短期間であれば、この反応は身体を守るために必要です。
しかし、緊張状態が長く続き、回復する時間が不足すると、身体は小さな刺激にも強く反応しやすくなります。
その結果、
- 食欲が落ちる
- 食べると胃が止まる感じがする
- 吐き気がする
- 少量で満腹になる
- 胃の感覚が過敏になる
といった症状が起こる可能性があります。
機能性ディスペプシアでは、心理社会的因子、生育環境、睡眠、食習慣、感染後の変化など、多数の要因が病態に関係すると日本消化器病学会のガイドラインでも整理されています。(日本消化器病学会)
ストレスは単なる精神的な負担ではありません。
身体が環境へ適応するために必要な生理的反応が長く続き、元の状態へ戻りにくくなっていることが問題になる場合があります。
⑦ 十二指腸の微小炎症も研究されています
機能性ディスペプシアは、以前は主に胃の運動異常として考えられていました。
近年では、胃の出口に続く十二指腸の状態にも注目が集まっています。
研究では、
- 十二指腸粘膜のバリア機能低下
- 好酸球の増加や活性化
- 肥満細胞の活性化
- 酸や胆汁酸への過敏反応
- 微小な炎症
などが、一部の機能性ディスペプシアと関係することが報告されています。
こうした十二指腸の変化が神経を刺激し、胃の運動や知覚へ影響する可能性があります。(PubMed)
胃カメラで明らかな炎症が確認されなくても、顕微鏡レベルや免疫学的な変化が存在する可能性があるということです。
ただし、すべての患者に同じ炎症があるわけではなく、現時点で一般診療に利用できる単一の診断検査が確立しているわけでもありません。
⑧ 子どもにも起こります
機能性ディスペプシアは、大人だけの症状ではありません。
子どもや思春期でも、
- 朝になると胃が痛い
- 食事が進まない
- 少量ですぐ満腹になる
- 吐き気がする
- 学校へ行く前に症状が強くなる
- 検査を受けても異常が見つからない
といった訴えがみられます。
Rome Vでも、小児・思春期の上部消化管DGBIとして機能性ディスペプシアが位置づけられています。子どものDGBI全体は決して珍しいものではなく、研究では学童期から思春期の約2割前後が何らかのDGBI基準を満たすという報告があります。(PubMed)
森田治療室にも、胃痛、吐き気、食欲低下などを訴える子どもが来院します。
特に、
- 新学期
- 受験
- クラス替え
- 習い事
- 家庭環境の変化
- 睡眠不足
- 感覚的な疲労
などが重なった時に、身体が適応しきれず、胃腸症状として現れることがあります。
これは、子どもが弱いからでも、学校へ行きたくないから症状を作っているのでもありません。
子どもの神経系が、現在の環境に対して精一杯適応しようとしている可能性があります。
体重減少、成長障害、血便、持続する嘔吐、発熱、夜間に目が覚めるほどの痛みなどがある場合は、小児科・小児消化器科での評価が優先されます。
⑨ オステオパシーではどう考える?
オステオパシーでは、胃もたれや胃痛という症状だけを追いかけるのではありません。
症状が出ている背景に、
- 神経系の興奮が続いていないか
- 呼吸が浅くなっていないか
- 胸郭や横隔膜の動きが低下していないか
- 胃や上腹部に力が入り続けていないか
- 姿勢を保つために過剰な緊張が生じていないか
- 睡眠によって十分に回復できているか
- 静脈・リンパなどの循環が働きやすい状態か
- 環境の変化に適応する余力が残っているか
といったことを評価します。
森田治療室では、
- 頭頸部と自律神経系
- 胸椎・肋骨
- 胸郭入口
- 横隔膜
- 腹壁と上腹部
- 骨盤・脊柱
- 呼吸パターン
- 姿勢と全身の負荷分散
などを総合的に確認します。
目的は、胃を直接動かしたり、症状だけをその場で消したりすることではありません。
オステオパシーでは、身体全体を評価し、神経・呼吸・循環・関節・筋膜などが働きやすい身体環境を整えることを目的としています。
「症状を抑える」のではなく「余裕のある状態」を目指す
環境の変化やストレスがまったくない生活を送ることはできません。
大切なのは、ストレスをすべて排除することではなく、ストレスが加わっても身体が過剰に反応せず、元の状態へ戻れることです。
森田治療室では、この状態を
「身体に余裕がある状態」
と表現しています。
余裕がある状態では、
- 食事をしても胃が過剰に緊張しにくい
- 環境が変わっても症状が出にくい
- 症状が出ても回復が早い
- 睡眠によって神経系が切り替わる
- 呼吸や循環が保たれる
- 身体の一部分へ負担が集中しにくい
といった変化が期待されます。
症状を無理に隠すのではなく、人間が本来持っている調節システムが働きやすくなることで、結果として症状が出にくくなることを目標にします。
ただし、オステオパシーによって機能性ディスペプシアそのものが治癒することや、自律神経・胃適応性弛緩・十二指腸炎症を直接正常化することを示す十分な臨床研究は、現時点では確立されていません。
これは、医学的評価や薬物療法を否定するものではありません。必要に応じて消化器内科、小児科、心療内科などと連携しながら、身体機能の側面から回復を支えることが重要です。
⑩ 日常生活でできること
一度に食べすぎない
少量で満腹になる方は、一度に多く食べず、食事量を分ける方法があります。
無理に完食することで「食事=苦しい」という経験を重ねないことも大切です。
よく噛み、急いで食べない
早食いでは、胃が食事を受け入れる準備が整う前に、多くの食物が入ります。
食事中はスマートフォンや仕事から離れ、身体が食事へ切り替わる時間をつくります。
食事前に呼吸を整える
食事前に、鼻から静かに息を吸い、ゆっくり吐く呼吸を数回行います。
強く深呼吸する必要はありません。肩を上げず、下部肋骨や背中がゆっくり動く呼吸を意識します。
症状と生活の関係を記録する
食べ物だけでなく、
- 睡眠時間
- 学校や仕事の負担
- 人間関係
- 月経周期
- 疲労
- 運動量
なども記録すると、症状が出やすい条件が分かることがあります。
食事を極端に制限しない
症状が怖くなると、食べられる物を次々に減らしてしまうことがあります。
特に成長期の子どもでは、過度な食事制限が栄養や成長へ影響する可能性があります。食事量が減っている場合は、医師や管理栄養士へ相談してください。
医療機関へ相談してほしい症状
次のような症状がある場合は、機能性ディスペプシアや自律神経の問題と自己判断せず、医療機関を受診してください。
- 意図しない体重減少
- 貧血
- 黒い便・血便
- 持続する嘔吐
- 食べ物がつかえる
- 強い腹痛
- 発熱
- 黄疸
- 夜間に目が覚めるほどの痛み
- 食事が取れない
- 子どもの体重増加や成長が止まっている
ピロリ菌感染、胃潰瘍、逆流性食道炎、胆のう・膵臓の疾患、薬剤の影響などを確認する必要がある場合もあります。日本消化器病学会のガイドラインでも、症状や年齢、警告徴候に応じた医学的評価が前提とされています。(日本消化器病学会)
まとめ
✔ 機能性ディスペプシアは、検査で異常がないから「何も問題がない」という状態ではない
✔ 胃の運動、胃適応性弛緩、内臓知覚、脳内処理、十二指腸粘膜などが関係する
✔ 自律神経系の調節変化は重要だが、すべてを自律神経だけで説明することはできない
✔ 環境の変化やストレスへの反応が長く続くと、胃が刺激に敏感になる可能性がある
✔ 子どもにも機能性ディスペプシアは起こり、学校や生活環境の変化が症状へ影響することがある
✔ オステオパシーでは、胃の症状だけでなく、神経・呼吸・循環・姿勢・全身の負荷を評価する
✔ 症状を直接抑え込むのではなく、環境の変化へ適応できる「余裕のある状態」を目指す
✔ 警告症状がある場合は、医療機関での評価を優先する
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参考文献
- Rome Foundation. Rome V: Disorders of Gut-Brain Interaction, 5th Edition. 2026.
- 日本消化器病学会編.機能性ディスペプシア(FD)診療ガイドライン2021.
- Broeders BWLCM, et al. Functional dyspepsia—a gastric disorder, a duodenal disorder or a combination of both? Aliment Pharmacol Ther. 2023.
- Ali MK, Chen JDZ. Roles of heart rate variability in assessing autonomic nervous system in functional gastrointestinal disorders: a systematic review. Diagnostics. 2023.
- Ahmed I, et al. Impaired gastric accommodation in patients with postprandial distress syndrome type of functional dyspepsia. Indian J Gastroenterol. 2023.
- Van Oudenhove L, et al. Functional dyspepsia: current understanding and future perspective. 2023.
- Robin SG, et al. Prevalence of pediatric functional gastrointestinal disorders utilizing the Rome IV criteria. J Pediatr. 2018.
- Korterink JJ, et al. Non-pharmacologic approaches to treatment of pediatric functional abdominal pain disorders. Front Pediatr. 2023.