2026.09.16
  • 森田智史ブログ
なぜ小さな身体の変化を「危険」と感じてしまうのか?脳と島皮質の研究

パニック障害シリーズ Vol.03|

「少し心拍が速くなっただけなのに怖い」「胸が少し苦しいと、発作が始まる気がする」「ふわっとした瞬間に、このまま倒れるのではと思ってしまう」。

パニック障害では、身体に起きている変化そのもの以上に、その感覚を「危険かもしれない」と強く感じることがあります。

前回は、心拍や呼吸、胃腸の感覚など身体内部の状態を感じ取る「内受容感覚」について解説しました。今回は、その身体感覚を脳がどのように受け取り、なぜ「危険」と判断することがあるのかを考えます。


身体の感覚は脳で「意味づけ」されています

心臓が少し速くなる、呼吸が浅くなる、胃が動く、身体が熱くなる。こうした情報は神経を通して脳へ送られます。

しかし、脳は単に情報を受け取っているだけではありません。

「この感覚は安全なのか」
「身体に何か起きているのか」
「以前の発作と同じではないか」

と、過去の経験や現在の状況と照らし合わせながら意味づけしています。

例えば運動後に心拍が上がっていても、「運動したから」と理解できれば怖くないことがあります。一方、電車の中で突然同じ心拍を感じると、「また発作が来るかもしれない」と感じる場合があります。

同じ身体感覚でも、脳がどう解釈するかによって感じ方は変わります。


身体の内側を感じる「島皮質」

この仕組みで重要な脳領域の一つが「島皮質」です。

島皮質は、心拍、呼吸、胃腸、体温など身体内部から入る情報の処理に関わり、それを感情や不安などと統合する役割を持つと考えられています。

2025年に発表された研究では、パニック障害の患者133人と健康な対照者93人をMRIで比較し、身体感覚に対する恐怖と脳構造との関連を調べました。

その結果、パニック障害群では島皮質や下頭頂小葉などを含む領域で灰白質体積の違いが認められ、特に身体感覚への恐怖が強いほど、これらの領域の灰白質体積が小さいこととの関連が示されました。また、その違いはパニック・不安症状の強さや身体機能とも関連していました。(PubMed)

ただし、この研究だけから「島皮質の変化がパニック障害の原因」と断定することはできません。脳構造と症状の関連を示した研究であり、原因と結果については今後も検討が必要です。


「動悸=危険」という学習が起こることがあります

一度強いパニック発作を経験すると、

動悸
→「また発作が始まったかも」
→不安が強くなる
→呼吸や心拍がさらに変化する
→身体感覚がさらに強くなる

という循環が起こりやすくなります。

そして次第に、実際に発作が起きていなくても、心拍や呼吸の小さな変化だけで警戒するようになることがあります。

最近のパニック障害の神経科学でも、島皮質だけでなく扁桃体、視床、海馬、前頭前野など複数の領域からなる「恐怖ネットワーク」が関係すると考えられています。(PubMed)

つまり、「気にしすぎ」なのではなく、身体から入った情報を脳が強く警戒するシステムが形成されている可能性があります。


オステオパシーでは「脳だけ」をみません

ここがオステオパシーで大切にしている視点です。

身体から脳には常に、呼吸、心拍、筋肉、関節、内臓、姿勢などから大量の感覚情報が送られています。

例えば、呼吸が浅く胸郭が動きにくい、首や肩が常に緊張している、食いしばりが強い、横隔膜や腹部が緊張している。このような状態では、身体から脳へ「いつもと違う」「苦しい」「緊張している」という感覚情報が入り続けることがあります。

そのため森田治療室では、島皮質や脳そのものを直接変えようとするのではなく、脳へ入ってくる身体側の情報をできるだけ整理するという視点で身体を評価します。


パニック症状ではどこを評価するのか?

特に確認するのは、後頭部・頭蓋底、上位頚椎、顎、胸郭上口・第1肋骨、胸椎・肋骨、横隔膜、腹部、仙骨・骨盤などです。

例えば胸郭や肋骨の動きが小さいと、呼吸時に首や肩の筋肉を過剰に使うことがあります。「もっと息を吸わなければ」と深呼吸を繰り返すほど胸や首が緊張し、その緊張自体が新たな身体感覚になります。

また、食いしばりや後頭部・頚部の緊張、腹部の過緊張なども、身体から神経系へ入る感覚情報の一部です。

オステオパシーでは一つの部位だけを原因と考えず、頭頸部・呼吸・胸郭・内臓・骨盤・姿勢がどのように協調しているかをみます。

パニック障害は「首を緩めれば治る」「横隔膜を調整すれば治る」という単純なものではありません。身体側からできることは、神経系が必要以上に警戒し続けなくてもよい身体環境をつくることだと考えています。


「症状を出さない」より「危険ではないと学び直せる身体へ」

心拍は運動すれば上がります。呼吸も階段を上れば速くなります。緊張する場面では筋肉にも力が入ります。

これらは本来、異常ではありません。

大切なのは、身体に変化が起きないことではなく、変化が起きても、それをすぐに危険だと判断せず、必要がなくなれば落ち着いた状態へ戻れることです。

身体の感覚と脳の判断は一方向ではありません。身体から脳へ情報が入り、脳から再び自律神経や筋肉へ反応が返ります。

森田治療室では、この循環全体を考えながら「戻れる余裕」を身体側からサポートしていきます。


医療機関での確認も大切です

森田治療室は診断を行う医療機関ではありません。強い動悸、胸痛、息苦しさ、失神などが初めて起こった場合は、まず医療機関で身体的な疾患がないか確認することが大切です。

すでに精神科や心療内科を受診している場合は、医師の診断や治療方針を優先してください。当院には精神科や心療内科へ通院しながらオステオパシーを併用されている方もいらっしゃいます。

オステオパシーは医療に代わるものではなく、必要な医療と組み合わせながら身体面から補完していく立場です。

次回は、**「パニック障害と自律神経―なぜ身体がいつも緊張しているように感じるのか?」**を、心拍変動(HRV)の研究も交えて解説します。


参考文献

Park SH, et al. Neural correlates of interoceptive fear in panic disorder: Abnormalities of gray matter volumes in the inferior parietal lobule and insula. J Psychiatr Res. 2025;190:472-479. (PubMed)

Fear Circuits in Panic Disorder: An Update. 2025. (PubMed)


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